飲食店の厨房から上司を批判する若者らしき声。
彼は面と向かって上司に文句を言っているわけではない。
彼の話し相手はパートさんだ。
私は注文した料理を待っている。
このコロナ禍、ずっと喋りながら調理している彼。
一人しかいないパートさんにしても、こちらに背を向けて、彼の話しに聞き入っている。
私は、こういうことを、許していていいものか思案している。

三十代、四十代の私なら、叱りつけていたかもしれない。
五十代の私は、「このコロナ禍、喋りながら調理をするのはよくないよ」と小声でささやいた。
するとパートさんが、「調理は二階でしていますから」と早口で返してきた。
五十代の私は、「ありがとう」と言って、注文の品に箸をつける。
「一階で会社の悪口を大声で言うのは聞いていて気分がわるくなるからやめろ。きみにしても接客を放棄して、こちらに背を向け、厨房の入り口に立って、会社の悪口に耳を傾けるようなことをするな」とは言わなかったのである。